沿岸域の地質・活断層調査/調査研究項目
1. 沿岸海域の地質構造調査
海域の地質調査には、海面で地震波或いは音波を出し、海底下からの反射波をとらえる反射法地震探査が広く用いられています。多くの調査は海底下数百メートルより深いところを調査対象としていますので、探査装置も大がかりとなり、大型の調査船が必要になります。このような調査方法では、水深が浅く、漁業活動が盛んな沿岸域の調査が困難なため、海岸から沖合数kmの範囲は海底下の地質情報の空白域となっていました。そのような状況を改善するため、ブーマー(水中に数百Hzの音波を出すスピーカー)を音源とする小型のマルチチャンネル音波探査装置を開発し(図1-1)、調査を行っています。
この装置は小型の漁船でも装備することが可能ですので(図1-2)、従来大型の調査船では調査ができなかった沿岸海域でも調査が可能になりました。さらに大きな特徴は、非常に詳細な構造が明らかにできる点です。数十cm程度の地層のずれも明瞭に観察でき、海底活断層の調査に威力を発揮します。一方、小型ですので、地下深くあるいは水深の深い場所の調査はできません。調査できる深度は海底の地質条件にもよりますが、泥質の堆積物が厚く分布する場所では、最大で水深500m、海底下100m程度まで地質構造を明らかにできます。一方、砂質堆積物が優勢な場所では、水深100m前後、海底下数十メートル程度が限界です。
この装置を用いることによって、2007年能登半島地震を発生させた海底活断層を発見し、同年の中越沖地震に関係した海底の変形も見出すことができました。今では、沿岸海域の活断層調査はほとんどこの方法を用いて実施されています。
一方、この調査方法では十分な情報が得られない場合には、より大がかりな地震探査を用いることや、より細かい地質構造が観察できる探査装置を用いることもあります。
図 1-1 高分解能マルチチャンネル音波探査装置の模式図と実際に得られた反射断面(下部)
図 1-2 能登半島の調査に用いた船。漁船に調査機器やGPS等を装備している。
2. 沿岸域の堆積物調査
完新世に繰り返し活動している活断層の分布が予想される沿岸域から海底堆積物コアを採取し、堆積年代決定を行い、反射法地震探査の断面記録とあわせることで、沿岸域に分布する活断層の活動度評価を行える可能性があります。このため、本研究項目では、浅海域の表層堆積物についてボーリング試料を採取し、柱状試料の岩相記載や年代測定などを実施し、表層堆積物分布、堆積環境の変遷、堆積速度などを明らかにし、地震の発生履歴の検討や活断層の活動度評価を行っています。
図 2-1 海底堆積物コア採取使用機材(ピストンコアラー)
図 2-2 新潟沿岸域における音波探査断面とボーリング試料との対比(海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(2011)より)
3. 陸海接合の物理探査
1.地震探査
沿岸域で新規に反射法地震探査を行うとともに、既存データの再解析を行い、断層・褶曲などの特徴的な地下構造を明らかにしています。
(1) 新潟沿岸域では、海岸線と直交する陸域3km+海域3kmの陸海接合の測線と、海岸線に直近の陸域測線で地震探査を行いました(図3-1)。
(2) 苫小牧沿岸域では、海岸線に直近の陸域測線の他に、海岸線に直交し海岸線から内陸に向かう陸域測線と、顕著な活断層・褶曲を横断するやや内陸の測線で地震探査を行いました(図3-2)。
(3) 能登半島北部沿岸域、新潟沿岸域、勇払沿岸域で、海域、陸域それぞれの既存データを再解析してきました。
図 3-1 新潟沿岸域の陸海接合の反射断面(海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(2011)より)
図 3-2 北海道厚真町の海岸波打ち際での発震・受振風景
2.重力探査・磁気探査
沿岸域の重力及び磁気データ空白域で調査を行い、陸海域にわたるデータを接合し精緻な重力図及び空中磁気図を作成して、データの解析から基盤構造を明らかにしています。
(1) 陸域での重力調査に加えて、能登半島北部沿岸域では、海底重力調査と空中重力調査を、福岡沿岸域と苫小牧沿岸域では、海底重力調査を実施して重力データの測定を行ってきました。
(2) 沿岸海域での重力測定のため、海底重力計を製作し、福岡沿岸域の調査から使用を開始しました(図3-3)。
(3) 能登半島北部沿岸域(重力図のみ)、新潟沿岸域、福岡沿岸域で、重力図と空中磁気図(図3-4)を作成しました。
(4) 苫小牧沿岸域では、高分解能空中磁気探査を実施しました。
図 3-3 海底重力計投入風景(撮影2010年2月)
図 3-4 新潟沿岸域の空中磁気図(海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(2011)より)
4. 陸域の地質調査
海陸沿岸域の活構造の連続性や活動度を明らかにするため、沿岸平野部の第四紀堆積物を対象として、深度100m前後のボーリング調査や既存ボーリング資料の収集・解析や、それらと反射法探査などによる地下断面と対比等に基づき、詳細な地下構造の解明を行っています。
「新潟沿岸域」では、平野西縁部でボーリング調査を密に行い(図4-1)、伏在活断層の活動度や沖積層の基底深度分布(図4-2)などを明らかにしました。「福岡沿岸域」では、周囲に比べて第四紀堆積物が厚く分布する平野域でボーリング調査を行い、活構造が存在するかどうかを検討したほか、地表踏査と地形判読に基づき、これまで知られていなかった活動度の低い活断層を検出しました。「石狩低地沿岸域」では、ボーリング調査によって鍵層となる海成層の対比を行い、活構造による変位量の推定を行っています。
以上のほか、本課題では20万分の1海底地質図、重力図、空中磁気図等と統合を行うための地質図の基図として、既存の地質図情報に加え、最新のデータと若干の野外調査に基づき広域に編纂した陸域のシームレス地質図も作成しています。
図 4-1 越後平野におけるボーリングコアの対比と堆積曲線(海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(2011)より)
図 4-2 越後平野及び海域の沖積層基底面等深線図(海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(2011)より)
5. 地下地質情報のデータベース整備とモデリング
本研究の目的は、沿岸域課題の調査対象地域となっている平野域の浅部地下の詳細な三次元地質モデルの構築によって、活構造の運動像や第四系地史を明らかにすることです。そのための研究調査課題として、(1)既存研究の知見を集約し、平野地下の第四系層序の基準を確立すること、(2)地下地質の直接のデータとして、建築・土木事業で得られるボーリングデータ(以下、ボーリングデータ)の収集と電子化を行い、モデル構築に利用可能なデータベースを構築すること(図5-1)、(3)ボーリングデータを利用した浅部地下構造の三次元モデリングの技術とそのシステム開発を行うこと、そして、(4)これら3つの知見・情報・技術を基礎にして、平野地下浅部の三次元地下地質モデルを構築すること(図5-2, 5-3)です。
図 5-1 北海道の石狩低地帯におけるデータベース化されたボーリングデータ
図 5-2 福岡平野の第四系基盤面モデルと警固断層(海陸シームレス地質情報集「福岡沿岸域」(2013)より)
図中のポイントはモデルに利用したボーリングデータ地点。青いエリアが最大60mほどの沈降域で、活断層である警固断層(赤のライン)がその南西縁を画している。
(1)については、公表されている文献だけでなく、未公表の報告書や直接研究者・研究機関の協力を得て、既存のボーリングコアの試資料の再検討なども含めて実施しています。
(2)については、単に本研究目的で利用できるだけでなく、国土の基盤情報として利活用可能な情報となるように、地元自治体および地域の学協会・関連機関の協力・連携を行うことを方針としています。また、ボーリングデータについては、その量だけでなく、品質確認を行い、位置・標高・属性情報の質などのチェックと修正もあわせて実施しています。
(3)三次元モデル構築に必要なシステムでは、ボーリング柱状図の解析用システム、ボーリングデータの電子化と処理用のシステムなどを開発し、現在それらはWEB公開しています(http://riodb02.ibase.aist.go.jp/boringdb/)。また、技術としては、ボーリングデータなどのポイントデータから地層境界面モデルを空間補間するための方法として、既存のプログラムの利用だけでなく、データの不足・偏在を補うための地形・地質学的な知見の導入法、地表地形・地質情報との統合の方法などを開発して、論文公表してきています。
(4)これまでに、沿岸域課題で構築してきた三次元地下地質モデルには、関東平野の東京低地および周辺、新潟平野、福岡平野(図5-2, 5-3)があります。現在は、北海道の石狩低地帯を対象にモデリングを進めています。
また、上記の課題のうち、(2)のボーリングデータの収集・データベース化・公開、(3)のシステム開発に関しては、平成18~22年度に実施された科学技術振興調整費重要課題解決型研究「統合化地下構造データベースの構築」(代表機関:防災科学技術研究所 http://www.chika-db.bosai.go.jp/)にて、防災科研・土木研・北海道地質研と連携して取り組んで得た研究調査成果が基礎になっています。
図 5-3 福岡平野の第四系基盤面モデルと警固断層(海陸シームレス地質情報集「福岡沿岸域」(2013)より)
ボーリングデータを断面図に投影し、地層境界や地形面、断層などを表現したもの。
6. 地質調査データ情報の統合化
海域と陸域の地質情報をつなぐことを目的として、沿岸海域の地質調査を行っていますが、やや沖合海域については、過去30年以上にわたって調査を続けて日本周辺の全海域をほぼ網羅する反射断面が得られています。これら多数の反射断面を整理し、容易に取り出すことができるデータベースを構築しました(図6-1)。
反射断面は標準的なフォーマットであるSEG-Y形式になっており、必要に応じてバンドパスフィルター処理やゲイン調整などが可能です。また、表示する縦横比の変更も自由にできます。各測線の位置情報もアスキー形式で整理しました。
データベースシステムの扱いは専門的な知識が必要なため、直接利用できるのは関係者に限られますが、その簡易版として反射断面イメージを産総研の公開データベース上で閲覧できるシステムも構築しました(https://gbank.gsj.jp/marineseisdb/)(図6-2)。すべての断面ではありませんが、日本列島周辺海域のかなりの部分の反射断面を見ることができます。
図 6-1 日本周辺海域の反射データのデータベースに登録されている測線。
図 6-2 日本周辺海域の反射断面を閲覧できるデータベースの入り口画面。
7. 水文環境調査
沿岸域の地下水は、塩水と淡水のそれぞれが異なるドライビング・フォースを持って存在しているため、その環境は複雑です。また、浅層部に断層などの構造が存在する場合、地下水の流動はその影響を受け、地下水環境をより複雑にしています。断層は、地質層序境界と同様に地下水流動の境界となる可能性があります。断層の存在は地下水流動を阻害するだけでなく、反対に水みちとして地下水流動を卓越させる場合もあり、地下水データの広域分布には、断層に沿った地下水データの異常値の分布が確認されることがあります。このように、地下水データの分布から断層の存在を推定することが可能ですが、一般に地下水データの取得地点は井戸の分布に制限されるため、広域における地下水データを把握・解析するためには、既存の資料収集とデータベース化が不可欠です。
これまで越後(新潟)平野、熊本平野、石狩平野を対象とし、水文データの収集(現地調査(図7-1)と既存の過去データ)およびコンパイルを行ってきました。越後平野の成果については、海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(DVD)にまとめました(図7-2)。また、熊本平野については、平成24年度に地下温度構造の解析を重点的に実施し、得られた地下温度データを用いて地中熱ポテンシャル評価を行いました。熊本平野は各種の水文コンターマップを作成中で、水文環境図として平成25年度出版を目指しています。
図 7-1 石狩川平野の地下水調査の様子
図 7-2 越後平野西縁の起震断層帯と地下水のCl濃度分布との関係(海陸シームレス地質情報集「新潟沿岸域」(2011)より)
8. 資料整理と公開
沿岸域プロジェクトでは、研究成果を多様な目的で活用されることを目標としています。毎年、成果を沿岸域の地質・活断層調査研究報告(地質調査総合センター速報)として公開することを始め、プロジェクトとして重点地域として選んだ5地域については、各研究報告と共に海域地質図、陸域地質図、海陸シームレス地質図、重力図、空中磁気図などをまとめた海陸シームレス地質情報集(数値地質図(DVD)Sシリーズ)として公開しています。
これらの成果は既存の研究成果や今後の研究成果と統合して解析することで新たな知見が得られる基礎となります。しかし、公開した成果をこのプロジェクト以外の情報も統合するためには技術的課題が多くありました。そこで本テーマでは、近年のインターネットの普及や地理情報システム(GIS)などの普及に伴い、情報共有や統合解析の手法の研究が発展していることに着目し、研究成果の空間情報整備や標準化、公開手法の検討、利活用のための技術開発などを行っています(図8)。
図 8 プロジェクト成果のインターネットによる空間情報配信(開発中)