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地質調査研究報告 Vol.72 No.6(2021)

表紙

化石珪藻Mesodictyon japonicum Yanagisawa & H.Tanaka の走査型電子顕微鏡写真

化石珪藻Mesodictyon japonicum Yanagisawa & H.Tanaka の走査型電子顕微鏡写真 Mesodictyon japonicum Yanagisawa & H.Tanaka は,上部中新統の海成層から記載された淡水湖沼生の浮遊性珪藻である.本種は新潟県,秋田県及び茨城県各地に分布する海成層からの産出報告が相次いだことから,当初は海生種の疑いもあった.しかし,その後福島県の淡水性のカルデラ湖成堆積物からも見つかり,淡水種であることが確かめられた.これにより,海成層から産出するこの珪藻の殻が,内陸湖沼から海域に運ばれてきた異地性の化石であることが確定した.写真に示したのは,秋田県大仙市に分布する下部鮮新統の海成層(天徳寺層)から産出した標本(直径約16 μm)である.本号掲載の論文は,岩手県二戸地域や青森県の三戸地域に分布する舌崎層と久保層の海成上部中新統からM. japonicum を報告した.現在までの研究から,日本での本種の初産出層準は8.7–8.2 Ma の比較的狭い年代範囲に限定され,その同時性からこの生層準が珪藻化石層序上有用な指標となる可能性があることが判明した.

(写真:田中宏之・文:柳沢幸夫)

目次

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タイトル著者PDF
論文
秋田県大仙市下荒川に分布する中新統上部の船川層における暖流系石灰質微化石産出層準の珪藻年代 柳沢幸夫 72_06_01.pdf[3.3MB]
岩手県二戸市・青森県三戸町の海成上部中新統から産出した淡水湖沼生化石珪藻Mesodictyon japonicum Yanagisawa & H.Tanaka 柳沢幸夫 72_06_02.pdf [3MB]

要旨集

秋田県大仙市下荒川に分布する中新統上部の船川層における暖流系石灰質微化石産出層準の珪藻年代

柳沢幸夫

 中新世中期~中新世後期の日本海の古海洋環境は,従来,寒流水塊が卓越していたと考えられてきたが,石灰質微化石の証拠から,この時期に何度か間欠的に暖流が日本海に流入した短い温暖期の存在が知られるようになった.それを示す証拠の1つが秋田県大仙市下荒川の船川層から報告された暖流系の浮遊性有孔虫及び石灰質ナノ化石であるが,その年代は不確定のままであった.本研究では珪藻年代分析に基づき,この暖流系微化石の 産出層準が珪藻化石帯のNPD6A帯の上限付近(8.7 Ma)にあることを確認した.暖流系珪藻の産出状況も加味すると,この温暖期は,NPD6A帯最上部からNPD6B帯最下部に相当する.この温暖系微化石群集は,日本海側地域で見つかっている暖流系微化石を伴う3つの石灰質有孔虫群集のうち,最上位のO-1群集にほぼ対比される.浮遊性有孔虫,石灰質ナノ化石及び浮遊性珪藻の群集は,寒流種が主体で暖流系種がわずかに付随する.このことは,寒冷な表層水が支配的であった当時の日本海に,太平洋側から微弱な暖流が流入したことを示唆する.

岩手県二戸市・青森県三戸町の海成上部中新統から産出した淡水湖沼生化石珪藻Mesodictyon japonicum Yanagisawa & H.Tanaka

柳沢幸夫

 現生の淡水プランクトン珪藻群集で優占するStephanodiscaceae科の珪藻は,後期中新世に,それまで繁栄していた淡水生のActinocyclus属の珪藻に取って代わって出現した.Mesodictyon属は,この交代期に最初に湖沼環境に入ってきたStephanodiscaceae科の重要な珪藻グループである.本研究は,岩手県二戸市と青森県三戸町に分布する海成上部中新統の舌崎層と久保層から淡水湖沼生珪藻Mesodictyon japonicum Yanagisawa & H.Tanakaの産出を確認し,その初産出層準が海生珪藻化石層序のNPD6B帯(Thalassionema schraderi帯)内(約8.3 Ma)にあることを示した.また,これまでに産出報告のある地域での本種の産出年代を吟味し,本種の初産出層準が8.7–8.2 Maの狭い年代範囲に収まり,東日本においてはある程度の同時性を示すことを明らかにした.現在までに得られたデータに基づくと, M. japonicumの出現時期はNPD6B帯の下限付近の8.7–8.6 Ma前後と推定される.