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2011年9月台風12号による紀伊半島の土砂災害 (地質概要)
平成23年9月8日開設
研究情報
2011年9月3日に四国、中国地方を北上した台風12号は、紀伊半島 (第1図、紀伊半島の地質図) に豪雨を降らせ、各地で土砂災害を起こしました。
これらの土砂災害は、大雨が主たる原因ですが、発生には地質が関係していることが推定されます。奈良県で発生した大規模な斜面崩壊は、図2の地域内に位置していますが、いずれも後期白亜紀の8000万年前〜9000万年前の海洋プレートの沈み込みによってできた付加体と呼ばれる地層の分布域です。このため、大規模な斜面崩壊が発生した地点の地質の概要を延べ、今後の災害調査に資することにします。
図1 紀伊半島の地質概略図。(図をクリックすると大きなサイズで表示されます)
詳しくは 20万分の1日本シームレス地質図データベース でご覧ください。
* 付加体は以下のリンクをご覧ください。
https://gbank.gsj.jp/geowords/picture/illust/accretionary_prism.html
1. 紀伊半島中央部の土砂災害 (図2)
この地域は地質の詳しい資料が少ないところですが、編纂図である20万分の1地質図幅「和歌山」(栗本ほか, 1998) が出版されています。以下の地質の解説は同図幅と未公表の地質調査資料に基づいています。
崩壊は紀伊山地の急峻な斜面で発生しており、その土台を構成する地層は9000–8000万年前 (後期白亜紀) の付加体である美山層でできています。そのため、付加体の地層の特徴が崩壊の原因究明には重要と考えられます。
美山層の地層は全体に東北東―西南西走向で、北北西に中角度で傾斜しており、山地は北斜面で緩く南斜面は険しいという非対称な構造地形をなしています。こうした美山層を下刻して、北から南に蛇行して流れる十津川の両斜面は急峻なV字谷となっています。美山層の岩相的特徴は、玄武岩やチャートを含むメランジュ*や破断した砂岩泥岩互層と、その上位に重なる比較的変形の弱い砂岩泥岩互層・層状の砂岩が厚さ1–3kmのユニットをなしていることです。こうした岩相ユニットは、地層の層理に平行な断層で境されて、瓦を積み重ねた様な構造 (覆瓦構造) をなしています。ユニット下部のメランジュでは鱗片状劈開**が発達した泥岩とそれに囲まれた砂岩やチャート・玄武岩の塊状のブロックからなる不均質な岩相や砂岩泥岩互層が変形を受けて砂岩が破断した不均質な岩相が卓越します。一方、ユニット上部の砂岩や砂岩泥岩互層には一般に割れ目が乏しく地層が連続するという特徴があります。
今回の台風の大雨で発生した土砂災害について、発生地点ごとの地質の概要を以下に解説します。
① 十津川村長殿谷の崩壊と土砂ダム
長殿谷の右岸の北西向きの斜面が崩壊し、その崩壊土砂が谷をせき止めています。崩壊地は国土地理院の2万5千分の1地形図「辻堂」に記された滑落崖の範囲を越えてより広範囲に広がっています。崩壊した地層の層準は岩相ユニット (図2のMy2) の上部ですが、岩相ユニット上部でも割れ目の発達した泥岩と砂岩泥岩互層は存在するので、そういった層準に相当する可能性もあります。
② 五條市大塔町赤谷の崩壊と土砂ダム
赤谷に面した北西向きの斜面が崩壊しました。崩壊地は泥岩優勢のメランジュからなる脆弱な地質です。
③ 十津川村野尻の十津川沿い左岸の崩壊
崩壊地のすぐ上流にある風屋ダムは塊状で厚く割れ目の乏しい砂岩の層準に建設されていますが、崩壊地にはメランジュが幅広く分布しています。このメランジュ分布地域の十津川左岸の西向き斜面が崩壊し、その崩壊土砂が十津川の流れをさまたげ流路を変えたために右岸側に被害が出ました。
④ 五條市大塔町宇井の天ノ川沿い斜面の崩壊
宇井付近の崩壊した地点の正確な位置が不明ですが、崩壊した家屋は西に流れる十津川の左岸に位置しています。同地点では、十津川の流路付近を境にして、その北側 (右岸) に厚い砂岩層が、その南側 (左岸) にチャートや玄武岩のブロック (径数10cm〜数m) を含む泥岩が卓越したメランジュが分布しています。十津川の左岸の北向き斜面は主にメランジュから構成された流れ盤にあたります。過去にも斜面崩壊が多発していた箇所でした。
⑤ 十津川村栗平の斜面崩壊と土砂ダムの形成
地図上の位置は国交省の公式発表によりますが、詳細な地点は不明ですが、発生地点は美山層の主要な断層近くに位置しているものと推定されます。
⑥ 十津川村長殿発電所下流の左岸斜面の崩壊
左岸斜面は西向きで、この崩壊土砂によって火薬庫が流出したと報道されています。周囲の地質は、岩相ユニットの上部にあたりますが、変形の強い泥岩と破断した砂岩泥岩互層からできています。
* メランジュ :
https://gbank.gsj.jp/geowords/picture/photo/melange.html
**鱗片状劈開 : 板のような割れ目ではなく、ひらひらとして鱗のような割れ目のこと
図2 十津川流域の地質概要と斜面崩壊地点。
20万分の1地質図幅「和歌山」(栗本ほか, 1998)。
図中の①〜⑥は本文で記載した斜面崩壊場所を示します。
(図をクリックすると大きなサイズで表示されます)
2. 紀伊半島南西部の土砂災害 (図3)
この地域は北西側に古第三紀の中期始新世 (5000〜4000万年前) に形成された付加体と考えられる音無川層群が分布し、東北東-西南西方向の本宮断層を介して、南側には付加体を基盤としてその上位に堆積したと考えられる中期〜後期始新世 (4000〜3000万年前) 牟婁 (むろ) 層群が分布しています。両層群ともに比較的割れ目が少なく整然とした層理をなす砂岩や砂岩泥岩互層が卓越しています。音無層群は東北東―西南西走向で北に傾斜し、逆断層で繰り返す覆瓦構造を呈するのに対して、牟婁層群は褶曲構造が発達します。
① 田辺市伏菟野前川の崩壊。暁新世の付加体の音無川層群のうち Ou に該当する部分が崩壊したものと推定されます。
② 田辺市熊野 (いや) の熊野川右岸の地すべり。谷を塞ぎ土砂ダムを形成しています。もともと傾斜の緩かった右岸側の南向きの斜面が斜面崩壊を起こしました。図4に示すように、褶曲の影響で中角度南傾斜の層理面をもつ泥岩が山の南斜面に分布して、流れ盤となり、層面すべりを起こした可能性があります。
図3 紀伊半島南西部の地質概要と土砂災害地点。
20万分の1地質図幅「田辺」(徳岡ほか, 1982)
(図をクリックすると大きなサイズで表示されます)
図4 図3-②付近の拡大。5万分の1地質図幅「栗栖川」(鈴木ほか, 1979)
(図をクリックすると大きなサイズで表示されます)
地質情報研究部門 斎藤 眞、木村克己、栗本史雄
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