土砂災害研究情報 トップへ
2020年7月4日に発生した熊本県葦北郡芦北町・津奈木町で発生した斜面災害の地質
2020年10月2日:更新
2020年9月30日:開設
地質情報研究部門:斎藤 眞
現地調査報告
2020年7月4日早朝の豪雨によって熊本県葦北郡芦北町・津奈木町で発生した斜面災害のうち、代表的なものの地質について現地調査を行いましたので報告します。
位置図 20万分の1日本シームレス地質図V2に加筆。
崩壊地は×印で、また崩壊物は×印に接する黒点・黒線で表示。白矢印が斜面崩壊の向き。
青線内付近の標高140m以上の地域は、これまで知られていませんでしたが、デイサイト(前期更新世?)と考えられる溶岩に覆われます。
Loc.1 葦北郡芦北町大字小田浦字野添
この地点は、蛇紋岩が分布する地域で、一般に蛇紋岩中に変成岩、深成岩が含まれる蛇紋岩メランジュになっています。崩壊地に露出するのは片麻状構造をもつ岩石で、著しく風化しています。
崩壊地全景
露出する風化した片麻状構造を持つ岩石。
この写真では上下方向(北東-南西方向で高角)の片麻状構造が見られます。
Loc.2 葦北郡芦北町大字田川字牛淵
この付近は、中期ジュラ紀の付加体で、海洋プレート上にあったチャートと砕屑岩が断層(初生的には低角な衝上断層)で積み重なったタイプの地層です。崩壊地には、以前から付加体形成後にできた北東-南西方向の高角断層の存在が知られていました。滑落崖に露出するのは、断層運動でできた、断層破砕帯を構成するチャートの岩片を多く含むカタクレーサイトです。
崩壊地全景
滑落崖付近
右側の露岩は脆性変形を被った砂岩
滑落崖中央部にあるカタクレーサイト
チャート片が目立つ
Loc.3 葦北郡芦北町大字女島字勘場
この付近もLoc.2と同様、チャートと砕屑岩からなる中期ジュラ紀の付加体です。
従来の地質図ではチャートと考えられてきましたが、崩壊地では頂部(最も南)にチャートがあるものの、中下部は砕屑岩で、地質図でチャートとされてきた部分はもう少し薄いと考えられます。
転石から滑落崖頂部はチャート、暗色部は泥質岩、中下部の色の薄い部分は砂岩です。
崩壊地は北向きのため、チャート→泥岩→砂岩と重なる層序が保存されているように見えます。この付近はチャートと砕屑岩が付加体形成時の衝上断層によって繰り返すのが特徴で、チャートは風化・浸食に強く、一方で砕屑岩は相対的に風化浸食に弱く、チャートが尾根をつくりますが、山腹まですべてチャートではなく、山腹には風化した砕屑岩が分布する場合があることを示しています。
Loc.4 葦北郡芦北町大字女島字釜(天見岳西斜面)
この付近は前期ジュラ紀付加体のメランジュが分布する地域です。崩壊地頂部から海岸線まで、メランジュを構成する混在岩が分布します。滑落崖より上部(標高140m以上)に急峻な部分が存在することから、そこに白色の溶岩(デイサイトと推定)が分布し、そこからもたらされた巨礫と混在岩の崩壊物が谷間に堆積し、豪雨によって流出したように見えます。
滑落崖付近
崩壊したのは谷間を埋めていた崩壊堆積物。白色のデイサイトと思われる溶岩の大きな転石が目立つ。谷底は混在岩。
砂岩のブロックを多く含む鱗片状劈開の発達した混在岩
この崩壊地では、鱗片状劈開面が北北西-南南東方向、高角東北東傾斜で、付加体全体の東北東-西南西方向の走行とは異なっています。
Loc.5 葦北郡津奈木町大字福浜字平国上
林道(標高100m付近)を境に下部はLoc.4と同様のジュラ紀付加体のメランジュを構成する混在岩、その上に礫・砂・シルトからなるやや固結した地層、その上の標高140m以上は白色のデイサイトと考えられる溶岩からなって急峻な地形として認識され、滑落崖が溶岩部分に形成されています。
この地域は前期ジュラ紀付加体のメランジュ分布地域とされていましたが、すぐ南に分布する鮮新世の平国層、さらにそれを覆う鮮新世〜更新世の火山岩が分布しています。キャップロック型の崩壊が疑われます。
滑落崖全景
写真左半分に地すべり体が残っています。
左下の人のいる付近の巨礫は溶岩で、露頭には混在岩が露出します。
写真中央より上が溶岩、その間に礫岩・砂岩・シルト岩からなる平国層が分布します。
前期ジュラ紀付加体のメランジュを構成する、砂岩のブロックを多く含む鱗片状劈開の発達した混在岩
標高100-140m付近に分布する平国層
やや固結した礫岩、砂岩、シルト岩からなっています。
デイサイトと思われる溶岩
風化面は白色の粒状の構造が卓越し、所々にレンズ状に風化しやすい部分が見られます。
薄片で見る限りほとんどが斜長石からなる石基で斑晶の乏しい溶岩です。
まとめ
今回、令和2年7月豪雨により熊本県葦北郡芦北町・津奈木町で発生した斜面崩壊地について現地調査を行い、蛇紋岩メランジュ、断層破砕帯といった脆弱な地層の分布地のほか、急峻なチャートの尾根に付随する風化した砕屑岩や、付加体を覆う溶岩の分布域で、崩壊が起こっていることが確認できました。 湯浦川の西方Loc.3〜Loc.5付近の標高140m以上の地域(青線内付近)は、これまで知られていませんでしたが、デイサイト(前期更新世?)と考えられる溶岩に覆われて急峻な地形をなしており、それによる急峻な谷の堆積物の崩壊や、上部を占める溶岩がキャップロック型の崩壊を起こしていることが考えられます。
この現地調査は産総研地質調査総合センターと総務省消防庁消防大学校消防研究センターとの連携・協力に関する協定書に基づき行ったものです。
関連リンク等
- 2020年7月4日に豪雨災害が発生した球磨川流域の地形・地質(2020年7月6日)
更新履歴
- 2020年10月2日:位置図の修正と位置図の説明文、Loc.4、Loc.5、まとめの説明文の修正
- 2020年9月30日:開設
問い合わせ先
- 地震・津波研究情報
- 火山研究情報
- 土砂災害研究情報
- その他の地質災害研究情報