GSJニュースレター No.8  2005.5
プーケット島における津波ワークショップ  大久保 泰邦 (地質調査情報センター)
 タイ,プーケット島のカタ海岸において,CCOP(東・東南アジア地球科学計画調整委員会)主催で「2004年12月26日の津波に対する短期的あるいは長期的なニーズに応える多国間プロジェクトを考察するワークショップ」が2005年3月28〜30日に開催された.これは2005年1月31日〜2月1日バンコクで開催された津波シンポジウムに続くものであり,結果は2005年3月31日〜4月1日に開催されたCCOP管理理事会に提出された.

 会議は,David Ovadia博士が調整役(ファシリテイター)を務め,David B. Prior博士が書記を務めた.参加者は,タイ,マレーシア,日本,カナダ,ドイツ,英国,オランダ,米国の8カ国,CCOP,IUGS(国際地球科学連合)の2国際機関から26名であった.残念ながら被災国の一つであるインドネシアは参加しなかった.

 2日間に及ぶ会議の末,以下のように大きく,「将来計画のための津波リスク評価」,「津波リスク軽減」,「津波被災地域海岸の復旧」の3つに分け,それぞれについて理由,手法,目的,期待される成果をまとめた.さらにそれぞれの目的に対して,「緊急」か「長期」的なものかの区別をつけ,目的のサブ項目に「A」,「B」,「C」,「それ以外(無印)」の優先度を付した.

津波に対する短期的あるいは長期的なニーズに応えるプログラム

「将来計画のための津波リスク評価」

[その理由は?]

リスクを評価し軽減する基礎資料として,災害が繰り返す可能性や場所 ・規模 ・頻度の予測を算定する必要がある.

[その手法は?]

陸海において沿岸地帯の4次元特性モデルを応用し,リスクの新たな解析と定義を行う.

[目的1(緊急)]

* 津波と沿岸地帯の相互作用について,理解を深める.

1. 陸上の地形,堆積物,植生,土地利用,海域の測深,地質,生物学によるマッピングから,沿岸特性による
浸水パターンの関連を確定する(A).
2. シミュレーションおよび過去の記録から,当該地域で津波を引き起こす事象の分布と確率をまとめ,その脅威を
定量化する(B).
3. 土地利用を含めた沿岸地帯の社会的,経済的,生態学的特性をまとめる(C).
4. 被災前後の衛星画像,空中写真,現地測量を組み合わせ,沿岸の浸水パターンの違いを明らかにする.
5. 津波が引き起こした沿岸システムの変化を判定し,より普遍的な過程 ・条件下における今後の沿岸進化を評価する.
6. 侵食の恐れがある地域など,被害を拡大させうる既知の脆弱性すべてについて,その影響を評価する.
7. さまざまな災害因子の組み合わせで生じるリスクについて,シナリオ手法を用いて予測を行う.
8. 浸水モデル作成に適したデジタル地形 ・水深モデルを編集する.
9. 既存の数値モデリングやシミュレーションプログラムの有効性を調査し,適宜修正する.
10.IOC(Intergovernmental Oceanographic Commission/UNESCO:ユネスコ政府間海洋学委員会)基準に従って,
浸水モデリングに適した形の準備データベースを編集する.

[目的2(長期)]

* 津波の発生や伝播に影響を与える因子についてよりよく理解をする.
1. 海底地形が津波伝播に与える影響−当該地域の水深データを用いて(A).
2. 地震学と津波のリンク−モデリングとモニタリングから(B).
3. 2004年の観測結果とデータを踏まえた最新モデルによる,反射・相互作用を含めた波の伝播(C).
4. 地震と関連する海底地形−高精度の深海調査および作図.
5. 断層の変位と海底地形,およびそれにより生じる津波−複合3D地震探査とモデリングから.
6. 海底地滑りと津波の発生−深海調査とモデリング.

[期待される成果]

津波災害分布のデジタルマップを作成.

・ 津波被害のおそれがある地域分布(地方単位,国家単位,地域単位).
・ 異なる津波シナリオによるリスクの規模と頻度の評価.
・ 沿岸地帯特性の3Dベースラインモデル.
・ 適切に管理 ・保存のなされた総括的データベース.

「津波リスク軽減」

[その理由は?]

人命の損失,経済や環境への打撃を最小限にとどめる必要がある.

[その手法は?]

[目的3(緊急)]

* 人々の認識を高めるため,以下のような地球科学情報を提供する.

1. 住民や旅行者への情報(A).
2. 避難ルート図(B).
3. 学校でのカリキュラム案を作成(C).
4. 防災訓練.
5. 掲示板.

[目的 4(緊急)]

* 地域単位 ・地方単位の警報システムの開発 ・利用に貢献する.

1. リアルタイムの通信システム ・インフラに貢献(A).
2. 地震の監視 ・データ処理(B).
3. 検潮計・DARTSによる海水準の監視(C).

[目的5(長期)]

* 以下のような地域 ・地方の計画開発に貢献する.

1. 政府当局 ・民間に対しすぐに利用できる形で適切な地球科学的素材を提供(A).
2. 地球科学研究者と末端利用者とを結ぶ情報網の構築(B).
3. 土地利用適性図の作成(C).
4. 地球科学研究者以外の人に対する訓練と研修.
5. 関係者のニーズ分析.
6. 各地の建築基準法整備に貢献.

[目的6(長期)]

* 沿岸保護対策の構築に貢献する.

1. 自然防衛 ・環境管理への貢献(A).
2. ハード・ソフト両面におけるシステムに貢献(B).

[期待される成果]

・教育戦略情報.
・津波シェルターを含む重要インフラの建設位置やデザイン,建築基準法などソフト面も含めた土木構築物に対する提言.
・各地の高精度避難ルート ・安全地域マップの作成.
・物性データベースや土地利用適性図.
・リアルタイムの警報システム.

「津波被災地域海岸の復旧」

[その理由は?]

津波被災地域に対し,経済 ・社会 ・環境面での自律的回復に貢献する必要がある.

[その手法は?]

[目的7(緊急)]

* 地球科学を導入した再開発の優先順位決定について,沿岸の関係者との対話.

1. 都市インフラの再開発や移転に関する決定の発表に地球科学情報を利用する(A).
2. 関連する地球科学情報間の共通言語を見出す(B).
3. 関係者の関与を促進するための研修 ・市民集会(C).

[目的8(緊急)]

* 上水道の保護 ・復旧.

1. 汚染の評価(A).
2. 汚染発生源の特定と汚染除去対策(B).
3. 最適な復旧法を決定するための流量モデリング(C).

[ 目的 9(長期)]

* 建築資材の産地を特定.

1. 資源の調査 ・評価.

[ 目的10(長期)]

* 農業生産,沿岸の生物 ・非生物資源の復旧.

1. 土地安定性,自然の排水システムの復旧をふくめた地形学的評価(A).
2. 土壌 ・沿岸環境に対する打撃の評価(B).

[ 目的11(長期)]

* 今後の洪水時における脆弱性に関して,沿岸 ・海洋採掘に対する勧告.

1. 沿岸・海洋採掘に対して勧告を行うことにより経済活動の復旧をはかる.

[期待される成果]

・土地利用計画やインフラの移転を含む建造物再建へのインプット.
・沿岸保護対策や農業 ・環境保護に対するインプット.
・“沿岸地帯管理の勧告”政策.
・骨材資材資源図.

[宮野素美子(地質調査情報センター)訳]


 今後津波に対して,実績のある日本が貢献することは,人道的観点,日本のプレゼンスを向上させる点で非常に重要である.以上の検討を踏まえて,被災者,被災国の立場に立ってどのような貢献ができるか考えるべきであろう.

 津波ワークショップが開催された初日の夜スマトラ沖で再びマグニチュード8.7(米国地質調査所発表)の地震が起きた.これに伴って津波騒動が起き,我々もホテルの屋上に避難した.帰国後,80歳を越えた義母が,「地震大丈夫だった,ものすごく揺れたでしょう」という.知人の話では揺れたらしいが,筆者自身は寝ていたので揺れたかどうかは知らなかった.しかし,義母はマグニチュード8と震度8を間違えたのだと思う.すなわち地震に対しては,日本でさえ,極限られた人々だけが知っているのであり,ましてや津波に至ってはほとんどの人が知らないと言っていいのである.

 筆者は生まれて初めて避難した.その経験から考えると,津波に対する知識,情報の不足から,前回は多くの方が被災したが,今回の場合必要以上に恐れてしまったようである.この地に到来する次の津波は恐らく数十年以上先であろう.これに備えるためには,津波情報を伝達する人,一般の人々に対して,継続的に教育することが必要となる.

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(独)産業技術総合研究所地質調査総合センター
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