「Geoethics」国際会議参加報告
村尾 智 (地質調査情報センター)
2005年10月10日から14日まで,チェコのプシブラム(Pribram)で標記会合が開催され,地質調査企画室より筆者が発表と動向調査をかねて参加した.本会合はプシブラムで毎年開催される鉱業会議(写真1)の国際セクションとして企画されたもので,筆者以外にもイギリス,インド,カザフスタン,ブルガリア,ポーランド,ロシア等から参加があった(写真2).プシブラムの市長はこの会合に強い関心を持っていたとのことで会期中に市役所側によって市長と参加者との面会の場が用意された(写真3).
“Geoethics”は本会合の主催者であるNemec氏がビジネスエチックスにヒントを得て考え出した概念で,ビジネスエチックスを地球科学に適用し,倫理的環境を整備することで地球科学者の倫理向上を目指すものである.個人レベルでは“corrective”, “proactive”, “perceptive”そして“voluntary”な態度の育成を目標とする.
Geoethicsは1990年代にその萌芽があり,Nemec氏はこれに気づいていたというが(1980年代後半からヨーロッパを中心に進んだ,より人間を中心としたシステムや概念を作ろうとする動きに,地球科学者が影響を受けたと推察される),概念としては1991年になって提唱された.当初の対象は地質学,資源工学,エネルギー資源の関係者であったが,現在は教育を始めさまざまな分野の人材を取り込んでいる.本稿では会議で目に付いたいくつかのポイントについて紹介し,これからの地質調査情報センターと本会議のかかわり方について述べる.
最初の基調講演および後続の講演でNemec氏はgeoethicsが順調に発展していることを紹介し(第1表),今後はsusutainabilityとglobalizationに加えてgeoethicsが地球科学の考慮すべき柱になると述べた.また,環境分野で提唱された“precautionary principle”を導入する必要性に触れた(これは“a measure taken beforehead to avoid possible harmful or undersirable concequences”として知られる概念である).さらに,現実に動いているさまざまなプロジェクトや実務の中にgeoethicsを組み込む必要性を強調し,IUGS傘下のAGID(Associate of Geoscientists for International Development)に期待していること,AGIDは“Working group on geoethics”の設立に合意したことを報告した.
インドから参加したAhluwalia教授はgeoethicsの中に「倫理的監査」という概念を盛り込むべきと提唱した.これは2004年12月26日のインド洋津波の際に情報が人々に伝わらず犠牲が大きくなったことへの反省から生まれた考えである.Ahluwalia教授は情報を持つ側の責任の重大さに触れ,今後はこうした災害や事故の際,担当者が責任感を持って対応したかどうかを監査する機能が必要だと述べた.
ポルトガルから参加したアベロイ大学のMarquws氏は大学における教育の方向性について講演し,カリキュラムに社会のニーズを取り組む実践について報告した.また,学生の好奇心にうまく訴えることでよりよい授業になることを述べ,最後に「社会を意識しない科学教育は受け入れられない」と述べて講演を締めくくった.
チェコのChyba氏は環境や防災の問題でよく叫ばれる「議論や計画への市民参加」の問題に触れ,この概念が誤って扱われると事態の収拾がつかないと述べた.これに対しては,筆者より,日本のリスクコミュニケーションの経験を紹介し,より幅広い参加者を募ることで,極端な行動をとる一部のグループの暴走を抑えることが可能であると指摘した.
イギリスから参加したMead氏はヨーロッパで進行中のREACH(Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals)計画について紹介した.Mead氏はまず「リスクマネジメントは各国政府政策の核である」と述べ,その延長線として策定された同計画の概要を発表した.この計画は前述の“precautionary principle”に基づく規制だが,同氏によると鉱業にはよい影響を与えないであろう,特に中小事業者のこうむる影響は無視できないであろう,との事である.しかし,どのような影響が出るかについては検討が不十分である.Mead氏は,そのために論理的な問題が発生するかもしれないと述べて講演を終えた.
筆者は世銀予算により開始した“CASM-Asia”について紹介したが,これには大きな反響があり,講演終了後,参加者に取り囲まれた.そこでの議論によると,中央ヨーロッパの地質調査所は石材のスモールスケールマイニングについて環境影響等の調査をすることがあり,アジアとは問題の質が異なるが,このプロジェクトに関心があるとのことだった.また,GISを用いて土地利用に関する紛争が予想される場所の抽出を行うなど,社会に貢献することが強く求められているとのことだった.
Geoethics会議は一種の世界標準となりうる新概念の構築を手がけているという意味で重要だが,その運営を行っている中核が旧ソビエトブロックの関係者を中心とした小さなグループであるため,幅広い関係者が一堂に会する場に育っていない.また,議論が英語とロシア語の併用でなされるため,常に両方の通訳を必要とし,時間が無駄になっている.しかし.過去の万国地質学会議においてセッションを開催した実績があるため,この場で構築,提唱された概念,活動,プログラムは今後の万国地質学会でも報告される予定とのことである.したがって,geoethicsの今後の動向を見極めるためにはこの会議に室員を派遣するよりも万国地質会議の際に情報を取得する方が効率的と思われる.
ただし,geoethicsは当室にもなじみの深いAnthony Reedman博士が監査役をつとめるAGIDとの関係を強化しようとしており,今後新たな展開を図る可能性もあることから,地質調査情報センターは一定の関係を維持し,情報の交換に務めるべきである.
最後に,筆者の滞在中,ロシア語,チェコ語の通訳を始はじめ,細やかなお世話をいただいたチェコ地質調査所のPetr Rambousek博士に厚くお礼申しあげます.