はじめに

 角 清愛(1975)が出版した「日本温泉・鉱泉一覧」(地質調査所,134p.)の増補・改訂の必要性を痛感し,関係者の協力を得ながら「日本温泉・鉱泉分布図及び一覧」(地質調査所,394p.)を出版したのは1992年であった.本出版物は幸いも多くの方々に利活用され,筆者にとって大きな喜びであった.出版されたデータは,その後野呂 春文氏(現日本福祉大学教授)のご努力によりCD-ROM化され,1996年に「理科年表読本,コンピューターグラフィックス,日本列島の地質」(丸善,139p.)の一部に取り込まれて出版された.
 その後1995年から1997年にかけて,地質調査所の経常研究を活用して新たな温泉・鉱泉データの収集を行い,また並行して第1版内容の正確を期すためのデータの見直し作業を実施した.この作業を通じて新たに671箇所の温泉・鉱泉データを収集することができた.その結果,前回の3,865箇所と併せて,この第2版では温泉法(昭和23年7月10日法律第125号)の定義に準拠する総計4,536箇所の温泉・鉱泉データを収録することができた.また,今回は特に温泉坑井の深度に関するデータも可能な限り収集に努め,これらを一覧表にするとともに,第1版の説明文も参考のために添付した.
 なお,データ収集を終えた1997年以降に新たに誕生した温泉・鉱泉は一切収録されていないこと,及び市町村名についても1997年以前の名称が使用されていることを予めおことわりしておく.
 2001年4月の国立研究所の独立行政法人化に伴い,地質調査所は他の工業技術院試験研究機関とともに独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)として再編された.このため,第2版は地質調査所の業務を継承した産総研地質調査総合センターから出版することとなった.

温泉とは

 「温泉」とは,一般にはその土地の年間平均気温より高い水温を持つ湧水と定義される.その限界温度はヨーロッパでは 20℃,アメリカで 70°F(21.1℃)であるが,日本の温泉法では25℃である.環境庁が監修した「鉱泉分析法指針」では,多量の固形物質,またはガス状物質,もしくは特殊な物質を含む地中からの湧水を「鉱泉」と呼んでいる.また「鉱泉」のうち,地上に湧出した時の温度が25℃未満を冷鉱泉,25℃以上を温泉と区分している.
 国語辞書をひもとくと,温泉とは「地熱に熱せられてわき出る,平均気温以上の温度をもつ地下水」(角川国語辞典)とあり,この限りでは大変理解しやすい.ところが日本では温泉法第2条において,「この法律で「温泉」とは地中から湧出する温水,鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く.)で,別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう.」とある.別表では,温泉源から採取されるときの温度が25℃以上の場合,又は25℃以下であっても特定物質が一定量以上含有されていれば温泉と呼ぶことができることから単純ではない.もっとも戦後の混乱期に制定された温泉法は,定義や効能の科学的根拠があいまいであるとの不備が指摘されている(北條,1999).


温泉の温度について

 第2版に収録された湧出温度の記述がある4,003の温泉・鉱泉のうち,1,524(約38%)は25℃以下の冷鉱泉であり,人間の体温より低い35℃以下の温泉は2,253,全体の56%にも及んでいる.逆に60℃以上の高温泉は633(約16%)に過ぎない(第2図第2表).ここでは温泉の物理的指標の一つである温度について若干説明する.

(1) 宇田川榕菴の泉温区分

 江戸時代末期の宇田川榕菴はその著「舎密開宗」において,水を化学的に常水と鉱水に二分し,鉱水が湧く鉱泉をその温度により熱泉(96°F以上),温泉(86-96°F),暖泉(71-74°F),冷泉(50-70°F),寒泉(50°F以下)に分類している(平野,1997).

(2) 鉱泉分析法指針による泉温区分

 環境庁自然保護局(1978)監修の鉱泉分析法指針により,温泉は泉温により下記の通り分類され,特に25℃未満の温泉は冷鉱泉と呼ばれている.

温泉 冷鉱泉 25℃未満
低温泉 25℃以上34℃未満
温 泉 34℃以上42℃未満
高温泉 42℃以上

 なお温泉法の制定に伴い,内務省衛生局編纂「日本鉱泉誌」(1886)以来使用されてきた「鉱泉」という用語が温泉法では全て「温泉」に呼び変えられたが,新たに使用された「冷鉱泉」という名称が未だに定着していない問題点が平野(1997)により指摘されている. 上記指針では,25,34,42℃で温泉が細分されているが,温泉法や鉱泉分析法指針の中にはその温度についての説明は特にない.

(3) 年平均気温に基づく温泉の下限温度

 自然科学的には年平均気温以上の地下水又は湧泉を温泉(thermal spring)と定義している場合がほとんどである.日本の温泉法での下限温度(25℃)は台湾を含めた戦前の全国平均気温を若干上回る温度とされている.しかしながら,日本列島のように南北に細長く延びている国の年平均気温は,札幌9.5℃,東京16.9℃,鹿児島18.7℃,那覇23.0℃(理科年表,平成8年度版による)となっており,札幌と沖縄では実に13.5℃の差がある.この意味からも25℃にはほとんど意味がない.この問題についてはすでに多くの関係者が指摘している(例えば大崎,1984).
 福富(1952)は年平均地温が常に年平均気温に比較して2-4℃高い事実から,その土地の平均気温に7℃加えた温度より低い湧泉を冷泉(cold spring),これより高くかつ温泉法の25℃より低い地下水を微温泉(tepid spring)と呼ぶことを提唱している.
 Bryan (1919)はアメリカにおける湧泉の研究から,70°F(21.1℃)以上を温水(thermal water)と区分しているが,実際はその地域の平均気温より20-25°F(平均気温を70°Fとすれば11.1-13.9℃)高い温度が好ましいとしている.またWaring(1965)はアメリカでは年平均気温より最低15°F(平均気温が70°Fの場合8.3℃)高い湧泉を温泉(thermal spring)と呼んでいる.
 温泉が商業的に開発されたヨーロッパでは,20℃を区切りとしてこれ以上を温泉と呼んでいる.中国では,陳炎凍(1939)は「中国温泉考」において年平均気温以上の湧泉を温泉と定義しているが,現在では総合的な観点から25℃を温泉の下限温度としている(長春科技大学の金旭氏による).

(4) 人体に及ぼす影響に基づく泉温分類

 低温,中温,高温というような温度呼称は,自然科学的には根拠の乏しい人為的分類の場合が多い.しかしながら日本では温泉科学がBalneology(浴療学)とも呼ばれるように,古くから温泉が療養を目的として利用されてきたことから,歴史的・世界的にも人体に及ぼす医学的・薬学的基準で温泉が分類されてきた(大島,1961).
 世界科学大事典(講談社,1977)等の解説によれば,気温20-25℃の状態で,入浴により寒冷を感じない温度は不感温度(34℃)と呼ばれ,これは人間が暑くも寒くもなく快適に感じる時の平均皮膚温度とされている.温泉法では25-34℃を低温泉としているが,この不感温度もしくは体温(98°F,36.7℃)以上の湧泉を温泉(hot spring)と定義する主張には合理性があるといえる.
 一方,人間は16℃以下,および42℃以上の温度刺激に対して,皮膚の温度感覚が消失することはないと言われている(つまりいかなる条件下においても冷覚または温覚が生じる).そこで,42℃以上の温泉を温泉法では高温泉と定義している.温泉治療では,38-42℃に暖めたうずまき流水(渦流水)が四肢を暖めるのに効果があるとされている.ただし,温熱治療では局所熱が43.9℃に近づくと疼痛を感ずるようになり,場合によっては火傷を受け,また52℃になると組織が損傷をうける.このような高温の温泉は,当然ながら適度の温度まで冷却してから利用されることになる.

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泉質

 泉質が記載されている4,179の温泉・鉱泉を,鉱泉分析法指針(改訂)(環境庁自然保護局,1978)の旧泉質で分類すると,単純泉(28%),単純炭酸泉(1%),重炭酸土類泉(1%),重曹泉(8%),食塩泉(29%),硫酸塩泉(7%),鉄泉(5%),緑ばん泉(1%),硫黄泉(12%),酸性泉(1%),放射能泉(7%)となる(第3図第3表).すなわち,日本の温泉・鉱泉は単純泉と食塩泉が全体の6割弱を占めていることになる.


温泉・鉱泉分布の特徴

 地質との関係で温泉分布を見ると,先新第三系分布域には一般に温泉が少なく,また60℃以上の高温泉は第四紀火山岩類分布域に集中するなど,第四紀火山岩類,第四系-新第三系,先新第三系の地質分布と温泉分布の間には明らかに密接な相関が認められる.ここでは,日本の温泉を第四紀火成岩関連型,広域熱伝導卓越型,深層熱水型,その他に分類し,その特徴を説明する.
 1)第四紀火成岩関連型の温泉
 高温かつ大規模な温泉のほとんどは第四紀火山地域に分布している.これらの温泉は火山活動と関係が深いことから「火山性温泉」と呼ぶことができる.ニセコ,酸ヶ湯,玉川,那須,箱根,別府,雲仙等,日本の代表的温泉のほとんどはこのタイプの温泉である.温泉の泉質は火山地帯に特有な酸性泉,Cl型泉,SO4型泉が多い.

 2)広域熱伝導卓越型の温泉
 知床,西南北海道,東北脊梁地帯の火山性温泉の周辺,伊豆,及び山陰日本海側には,高温の温泉が比較的集まって分布している.これらの地域には新第三紀中新世から第四紀にかけて活発な火成活動があり,広範囲にわたり高い地温勾配が期待できることから,これらの地域の温泉を広域熱伝導卓越型の温泉と呼ぶ.このタイプの温泉の大半は第四紀火山地帯の周辺に分布し,泉質はCl型泉,SO4型泉が多い.

 3)深層熱水型の温泉
 新第三紀鮮新世以降の若い地層で覆われた平野地域(帯広,石狩,津軽,新潟,鬼怒川,北陸,大阪,佐賀,熊本等)の深部には比較的高温の温泉資源が賦存している.このような地域では,深度1,000-2,000 mの井戸を掘ることにより比較的高温の温泉を得ることができることから深層熱水型の温泉と呼ぶことにする.この種の温泉は火山活動と無縁なことから,古くより「非火山性温泉」と呼ばれている.温泉の塩濃度は一般に高く,泉質はCl型泉,HCO3型泉が多く,また海水に由来するヨード(I)を含むこともある.温泉の温度は一般に深度とともに増加することから,最近平野部では温泉湧出を目的として深度が1,000mを越すボーリングが多数なされている.

4)その他の温泉
 有馬(兵庫),白浜・湯の峰(和歌山),温泉地(奈良),湯田(山口),嬉野(佐賀)には,60℃以上,または90℃以上の高温泉がスポット的に分布している.このような地域の近傍には第四紀火山は分布しておらず,また新第三紀以降の活発な火山活動場でもないために,その成因(熱源)は十分に解明されていない.


温泉・鉱泉記号について

 1)地形図,地質図に見られる温泉記号
 国土地理院から出版されている地形図では,測量法(昭和24年6月3日法律第188号)の規定に基づき,建設大臣から承認された「建設省公共測量作業規程」(日本測量協会,1985)において,「噴気井,温泉,鉱泉」の記号が定められている.また,地質調査所(現地質調査総合センター)が発行する地質図幅では,「地質図類の用語・記号について」(地質調査所,1979)において,「噴火口・噴気口,温泉・鉱泉」記号が定められている.
 ところで,日本では温泉を表す記号が古くから使用されている.この記号は浴槽(又は湯壺)からわき上がる湯煙をイメージし,その記号の意味するところが大変分かり易い.しかしながら,この記号が温泉以外にも乱用されているとして,昭和51年7月に日本温泉協会は天然温泉を示す記号を新たに制定した.但し,国土地理院が発行する地形図は従来通りの記号が使用されている.

2)日本の温泉記号の由来
 温泉記号が日本でいつ頃から使用され始めたのかについては,平野(1957)及び木暮(1977)に詳しく紹介されている.要約すれば,明治14(1881)年の陸軍参謀本部測量課が使用した測図記号では,浴槽から湯気が立ちのぼる様子を表現した温泉記号が使用されたが,明治18(1885)年の改正版において今日の温泉記号が使用されていることから,この間に考案されたことになる,とのことである.もっとも,群馬県安中市の磯部(温泉)が温泉マーク発祥の地であるとの主張があり,1995年10月16日付けの朝日新聞には,「磯部温泉が,温泉記号発祥地を自認している根拠は二十年ほど前に発見された古文書.江戸時代の1661年(万治四年)に,江戸評定所で,磯部地区の土地争いの判決文に添えられた地図に「現在の温泉マーク」に似た記号が描かれていたのだ.」という記事が掲載されている.なお,このことは安中市のホームページにも紹介されている.

 3)諸外国の温泉記号
 日本で使用されている温泉記号の由来は上述の通りであるが,それでは諸外国の温泉記号はどうであろうか.木暮(1977)によれば,「温泉国日本で生まれたわが国特有の温泉マークは,外国の温泉視察団も激賞したほど優秀なマーク」とのことである.ちなみにイタリア及びドイツの温泉地では,噴水をイメージする記号が利用されている(藤沢,1977).これはヨーロッパの温泉は飲泉に利用されていることが多いことによるのであろう.Lund (1992)が旧チェコスロバキアの温泉について触れた文献にも,類似の記号が掲載されているが,残念ながらそれ以外には適当な文献が手元に見あたらない.

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温泉・鉱泉分布図

 下記の日本全土,あるいは3つの地域名のいずれかをクリックしてください.その地域の簡略化された地質図にプロットされた温泉・鉱泉分布(温度、深度別)が表示されます.上記した地質分布と温泉・鉱泉分布の相関を見ることが出来るでしょう.また,そのページで,左側の温泉名(おおよそ北から南へ配列)をクリックすると地図上の温泉位置(矢印で指示)と詳細情報(名前,位置,温度など.不明の場合は-1と表示されます)がわかります.温泉名検索も可能です.トップフレームのフォームに温泉名を入力しSearchボタンを押します.続けて押せば次々と検索された文字が赤字(大)に変わります.元に戻す場合はブラウザーの更新ボタンを押してください.また地図上の温泉位置(丸印)をクリックすることによっても詳細情報がわかります.
日本全土
北海道
東日本
西日本


収録データ

 収録データの一覧はこちら(エクセルファイル)またはこちら(テキストファイル)です(表示に時間を要する場合があります).温泉・鉱泉の位置は,文献情報(住所または地図)に基づき40万分の1の地図上にプロットし,その座標値を地図上で読み取ったために,精度はそれほど高くありません.なお,文献等に複数の異なるデータが記述されている場合は,以下の基準に従って簡略化しました.


付図表

 第1版同様,以下の図表を作成しました.なお,深度図は第1版にはありません.
 第1図 都道府県別の温泉・鉱泉分布
 第2図 5℃間隔で表示した温泉・鉱泉の頻度分布
 第3図 日本の温泉・鉱泉の泉質分布
 第4図 日本の温泉・鉱泉の深度分布
 第1表 都道府県別の温泉・鉱泉数
 第2表 5℃間隔で表示した温泉・鉱泉数
 第3表 日本の温泉・鉱泉の泉質分布


文献

 収録文献の一覧はこちらです.第1版の文献に第2版で参照した文献を追加しました.表示検索に使用したデータソースや文献などはこちらです.


第1版

 また,第1版の解説はこちらまたはこちら(PDFファイル)をご覧ください.


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編集者など

編著者   金原 啓司

CD-ROM編集 長谷川 功


発行所など

編集・発行

独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター

2005年

 発行所の所在地,編著者や連絡先などは地質調査総合センターのホームページを参照してください.


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